2010年5月22日土曜日

松尾大社 還幸祭

お久しぶりです。


更新が遅くなりましたが、


先日の16日の日曜日に松尾大社のおみこしを担いできました。




実物はこんな感じですが、軽く松尾大社の御神輿について説明したいと思います。



松尾大社の祭りは、氏子の安全を願いつつ平安時代から続けられています。



神幸祭を「おいで」と呼び、還幸祭を「おかえり」と呼びます。
僕が今回参加させてもらったのが「おかえり」と呼ばれる還幸祭です。



「おいで」では松尾大社の神さまが御神輿に乗って旅されることを指します。


「おいで」は松尾大社を出発して、
御神輿が船に乗って桂川を渡ります。


こんな感じで。






で、神さまは御神輿に乗ったまま西七条や西京極などに旅行にいかれます


その旅行先での滞在場所が御旅所(おたびしょ)と呼ばれます。



御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭事の神輿渡御(みこしとぎょ)のときに、本宮を出た神輿を迎えて仮に安置されるところで、

本宮の神様の御神幸(ご旅行)の際に、立ち寄られる別荘のようなもののことです。


御旅所の多くは、祭事の時の一時的なものであり、祭事が終われば、神様も還幸され、御旅所には神様は不在となります



む、少し難しくなってきました。

続けます。



松尾大社では
各御旅所(西七条/三宮社/衣手社)から、旭日の杜(西寺跡)/朱雀御旅所を経て、
松尾大社に橋を渡って戻っていきます。



やっとこっから僕が登場できます。






当日のお神輿はこんなかんじで、午前中は西大路駅周辺をぐるぐる回ります。


お昼ごろには旭日の杜(西寺跡)という公園に到着します。


僕が担がしてもらったお神輿だけは、その公園の小高い丘の上に登ります。

結構とういうか、初めて担いだので肩も腰も痛いし、太もももプルプルしながら丘を上がりました。


丘の上では皆様で記念撮影。




このときの気分は爽快でした。

降りるのが大変でしたが…笑



その後昼食をいただき、松尾大社に向け出発。


要所要所で神輿を担ぎつつ、お神輿を引いていきます。



交差点の真ん中でお神輿。

こんな経験はめったにないと思いながら担いでました。




ちなみに僕はこんな感じ。

事前にコンタクトを買っとけばよかったって最後まで後悔してました。


このまま松尾大社まで担いで、松尾大社の中でも神輿を担ぎました。


その姿は圧巻。


迫力がすごかったです。


担いでるときはランナーズハイみたいな感覚で、さっきまで足も腰も痛くて痛くて震えてたのに

不思議となんにも感じなくなりました。

もっと担ぎたかったなと思ってるころには、もう終わっていました。



今回お神輿を担げたことは自分にとって本当に貴重な経験となりました。


印象に残ってることは、おじさんたちと楽しく話させてもらったこと。

こういうのが世代を超えた交流なんだろうなと思いました。


若者からお年寄りまで幅広い年代が、神輿というものを共有することにより楽しむことが出来る

これこそが有るべき姿だと思いました。

祭典も祭典のみこしである京炎みこしも、まだまだ発展途上だということを痛感しました。



これから、様々な部分をもっともっと工夫をしていかなければ

頑張ります!



お神輿を担がさせていただいてありがとうございました。



2010年5月9日日曜日

ブログの名前 【続報】



こんばんは。

夕方になると涼しくなってきますね。

温度差が激しいときは体調崩しやすいので、気をつけて下さい。



さて、先日、実行委員向けにブログの名前を募集したいとうことを告知したところ
予想以上の反応が返ってきたので、詳細を発表したいと思います。



_____________________


【名づけの親はそこのあなた!
 ~ネーミングセンスが世界を変える~】


<概要>
■募集対象
 第8回京都学生祭典実行委員長のブログの名前とその下の説明文

■決定までのスケジュール
 募集期間:5月10日~5月17日

 一次審査:5月18日~5月20日

 web投票:5月21日~5月27日

 結果発表:6月1日

■応募資格
 第8回京都学生祭典実行委員会に所属する者

■ブログの名前のテーマ
 第8回京都学生祭典のコンセプト「記憶に残る祭、愛される祭」にあってること
 ※できれば石田拓也っぽい名前であること
 
■賞
 1位 ブログの名前を採用 表彰状 副賞
 2位 表彰状 
 3位 表彰状


<応募方法>
■メールにて応募すること
 応募先:
burogunonamae@gmail.com

■記入事項
 ブログの名前
 その下の説明文
 氏名
 あだ名
 所属部署
 大学名
 回生
 連絡先

___________________



名前コンペの詳細はこんな感じです。

細部についてはいろいろありますがのせてません。



質問があればコメントか、直接連絡下さい

みなさんのたくさんの応募お待ちしております。







実行委員紹介~パート1~



こんにちは
今日も暑いです。


さて、今日は実行委員の紹介をしたいと思います。

そして、これをシリーズ化していこうと考えてます。


その記念すべき第一号を飾るのは、



















そうです。第8回京都学生祭典実行委員会で副実行委員長



京都嵯峨芸術大学 3回生 北岡 裕子 さん

です。





Q.ではまず自己紹介を


A.北岡裕子です。学生祭典の中では「ぱぱらっち」とか「パパちゃん」って呼ばれてます。
京都嵯峨芸術大学の3回生です。芸術学部観光デザイン学科とういところで、
エコツーリズムやスペースデザインなどについて勉強しています。



Q.出身はどちらですか?

.愛媛県の伊予市です。実家は仕出し屋とピアノ教室です。
実家のみんなでお弁当を作っていて、母親がピアノの先生をしています。



でも私は楽譜を読めません。泣



Q.高校は地元の高校?

A.はい。高校野球で有名な済美高校出身です。 私は美術科だったので、高校のきまりで部活には入れませんでした。


弓道部に入りたかったのですが…






Q.京都学生祭典にはいつから入りましたか?


A.1回生の5月くらいです。
きっかけは友達がTシャツコンペで採用されたので、その友達と一緒に学生祭典に入ることになりました。





Q.学生祭典での役職は?

A.はじめは広報部の制作部門に入り、パンフレットの制作やKBSの方と一緒に番組を作ったりしていました。

2年目では副実行委員長をしていました。

今年で学生祭典は3年目ですが、昨年の経験を生かしていきたいという想いと、
やっぱり祭典が好きだということがあったので、今年も副実行委員長をさせていただいています。




Q.学生祭典の実行委員をしていて一番楽しかったことはなんですか?

A.やっぱり、たくさんの人と出会えること。特に私は規模の小さい大学のため、美術系の学生としかかかわりがありません。
しかし、祭典ではいろんな大学のいろんな学部の学生が集まってきます。

多様なバックボーンをもった学生とたくさん出会えたことがなによりも刺激的でしたし、
友達が100人上できたことも財産のひとつです。




Q.今年の目標はなんですか?

A.実行委員長はもちろん、各部長のサポートを完ぺきにこなすこと。
そのうえで、北岡裕子がいてよかったと思われるような存在になることです。




Q.最後にひとこと

A.ねむたいときはねる。
おなかがすいたときは食べる。
でもやるときはやる。


北岡、頑張ります!





 

2010年5月7日金曜日

誕生日



こんばんは。

たった今、全体MLでこのブログのURL流したんでこれからアクセス数がアップするのが楽しみでしかたないです。ワクワク




さて昨日は、地域事業部長である久山さん(のんちゃん)の誕生日でした。

事務局会議が終わったあとに、部屋を暗くしてじっと待機してました。




















こんな感じで。

待つこと15分。

そろそろ来てほしいなーと思ってたところに久山さん(のんちゃん)登場。


ライトやらなんやらを点灯して、みんなで誕生日の歌をうたう。

その後ケーキを渡す。























その後プレゼントを渡す。






















なぜかプレゼント渡す方が嬉しそうっていう…


事務局会議と日にちがかぶっててはじめはどうしようかとおもったけど
みんなで温かくのんちゃんの誕生日をお祝いできました。

いやー、なんか心があったまりました。


実行委員一人ひとりを大切に出来るような組織であり続けたいと改めて思いました。













でも俺の誕生日、祭典終わってからなので祝ってもらえないんやろな…

そんなことないって信じたい

な、りつこ。

2010年5月6日木曜日

事務局会議

今日は18時半から事務局会議です。

事務局会議とは


京都経済同友会さま
京都商工会議所さま
京都府さま
京都市さま

財団法人コンソーシアム京都さま

と実行委員会の執行部で祭典の根幹について話し合う重要な会議です。

















※イメージ図



ここで学生がどのように進めたいのか、今どのような状況になってるのか
を皆さんに説明していかねばなりません。


きちんと説明して理解してもらえるように
万全の準備を整えて会議にのぞみたいと思います。





2010年5月5日水曜日

ブログの名前。



こんばんは。

突然ですが、このブログ、名前がありません。

は?こいつなに言ってるんだ、と思ったでしょう。ニヤリ


そうじゃないんです!このブログは「名前がまだない」から

そのまま「名前はまだない」にしたんです。



で、やっぱりきちんとした名前がほしいと思うわけですよ!

しかもできればキャッチーなブログの名前がいい
しかも、第8回の「記憶に残る祭、愛される祭」のコンセプトにあってて
しかも、石田拓也っぽいブログ名。


そんなもの自分で思いつくはずがありません。

じゃあみんなに考えてもらったらいいじゃないか!←単純思考



ということで、実行委員長プレゼンツ、ブログの名前コンペ開催します!

名づけて、


「名づけの親はそこのあなた!
 ~ネーミングセンスが世界を変える~」


よし。企画名これで決定。


ださくなんかないです。




概要は、実行委員全員にブログの名前を募集します。

みんなもちろん僕のブログを毎日楽しみに見てくれてるだろうから、応募が殺到するはず。←

で、そのなかからある程度絞って、二次選考はweb投票にしたいなー

最終的には何らかの形で決定して、選ばれた人には豪華賞品が…


みたいな形にしたいです。



詳細は今後つめて、近いうちに発表して公募かけます。



乞うご期待!


2010年5月4日火曜日

第一回親睦会




昨日は第一回の親睦会が
ありました。


6時30分にいつもどおり三条大橋下に集合。




京都学生祭典フットサル部のメンバーが遅刻してきました。

主犯格↓

















最近、祭典内ではフットサルが流行ってます。
そろそろチームを組んで試合したいらしいので、どなたか相手してあげて下さい。






19時過ぎ、全員が集合。
親睦会スタート!

新歓期後の親睦会だったので、新しく実行委員になってくれた人がたくさん来てくれたました。




席はくじで決めていきます。

引いた番号の席に座るというシステム。

はじめの方はこんな感じです
















後半になるとこんな感じです。

席はばらばらに。

いろんな人と話すことは大切。










その後三条大橋下に向かい、解散。


普段部署ごとで固まって仕事を進めていくので
こうやって部署を超えてコミュニケーションをとれる時間を大切にしていかないとなと改めて思いました。

次の機会にはもっとたくさんの人が参加してくれればと思います。

それでは!

2010年5月1日土曜日

ブログはじめました。

はじめまして。


第8回京都学生祭典で実行委員長つとめております
立命館大学法学部3回生の石田拓也です。


今回はおもいたってブログをつくりました!

ついでにツイッターもはじめました!

http://twitter.com/ishidatakuya8th


これからはブログやツイッターをとおして情報発信していきたいと思います。


よろしくお願いします!



_____________________________________




はじめてのブログなのでなにをかいていいのやら…
ということで、とりあえず詳しい自己紹介をしようと思います。

私石田拓也の生い立ちから書いていきます・



1989年の10月23日に京都は亀岡というのどかな町で誕生しました。

両親は僕の顔が不細工すぎて自分たちの子供だと信じたくなかったらしいです。

(母親いわく、大きくなるにつれてましになったらしいです。)


そんな感じで愛情あふれる?両親のもとすくすくと大きくなっていきます。


年少期はとりあえず元気な子供だったらしいです

当時、母親が僕と僕の兄に



「一日自由になんでもしていいよと言われたら何がしたい?」


と聞いたら、兄は

「一日中本読んどく!」

と答えた横で、僕は


「外で走っとく!」

と答えたらしいです。
この時点で母親は無理やり勉強させることをあきらめたらしいです。


この判断は正しかったようで、小学校を入学後、

走らせたら同じ学年では右に出るものはいなかった…ような気がします。


そんな走るの大好き人間は、ひとつ大きな舞台に憧れを抱くようになります


毎年正月に開催されてる、




これをきっかけに、ただのかけっこ大好き少年が、長い距離を走ることに魅力を感じはじめます。


ちょうどそのころに中学校に入学。
当時の楽しみといえば部活動。ただ、地元の少年野球チームに所属していたので野球部にはいるか陸上競技部に入るかで悩みます。



そこで僕は人生を変えてくれる恩師(陸上部の顧問)に出会います。
今思えば恩師ですが、当時はただのいかついおっさん。笑

そんなおっさんがなぜか入部前に勝手に僕を大会にエントリーしてました。

もちろん勝手に名前を使って…



完全に学校のルールとか無視されてましたが、そのことをきっかけに陸上部に入部します


そっからはまあしんどいことしんどいこと。

僕が通ってた中学校は地元の公立の学校でしたが、伝統的に陸上競技が盛んでした。

特に駅伝(長距離)に関しては、学校全体で応援してくれてました。



そんな恵まれた環境だったので、校則で試合前しかできないと決められてる朝練習もなぜか陸上部だけ毎週3回あったし、
放課後も規定の活動時間を超える場合は申告が必要で、これも試合前しかできないはずなのに、陸上部は無制限でした。




そんな環境にプラス、先生がすごく熱心な先生で、愛のむちでもって僕たちを懇切丁寧に指導してくれました。笑


今考えたらすごく恵まれた環境だったなーと思います。
でも当時は地獄としか思えなかったです。笑

それでも、走る前の緊張感と走り終わった後の達成感や爽快感にやみつきになります。
陸上に夢中になってたら気がついたら中学3年生になってました。

部活では主将をつとめるものの、勉強はイマイチ。笑

進路についてはすごく悩みました。


いくつか高校を絞っていく段階で、高校でも大きな駅伝大会があることを知ります。




毎年、師走の京都を舞台に開催される全国高校駅伝です。
通称都大路と呼ばれ、高校陸上界でいう甲子園みたいなもんで駅伝をやってる高校生には聖地としてあがめられてます。

そんな舞台が間近にあることを中3にしてようやく知ります。
単純にその舞台に立ってみたいという憧れから、
陸上競技においては京都では一番強いといわれる某高校の門をたたきます。


そんなこんなで高校に入学。
と、同時に勝負の世界の厳しさを知ります。
高校時代は、修行でした。
先生も先輩も怖いという感情を超越してました

言葉遣いから歩き方まで、陸上に関することだけでなく人としてどうあるべきかというものを徹底的に叩き込まれました。

教わり方は古典的な体育会系のやり方。
詳細はこんなとこではかけません。笑

でもそのおかげで、常識を超えたストレス耐性と礼儀をはじめとする人として生きるための必要最低限を身につけることができました。



___________


こんなとこまで書いて活動時間の終わりがきました。(現時刻 8:25)
そろそろ事務局から出なければいけません…

高校を卒業するまでは陸上漬けの毎日だった僕がなぜ祭典に入ったのかはまた今度書きます。




これからこんな感じで、できるかぎり更新していくので応援よろしくお願いします。

ではまた。