更新が遅くなりましたが、
先日の16日の日曜日に松尾大社のおみこしを担いできました。

実物はこんな感じですが、軽く松尾大社の御神輿について説明したいと思います。松尾大社の祭りは、氏子の安全を願いつつ平安時代から続けられています。
神幸祭を「おいで」と呼び、還幸祭を「おかえり」と呼びます。
僕が今回参加させてもらったのが「おかえり」と呼ばれる還幸祭です。
「おいで」では松尾大社の神さまが御神輿に乗って旅されることを指します。
「おいで」は松尾大社を出発して、御神輿が船に乗って桂川を渡ります。
こんな感じで。
で、神さまは御神輿に乗ったまま西七条や西京極などに旅行にいかれます
その旅行先での滞在場所が御旅所(おたびしょ)と呼ばれます。
御旅所(おたびしょ)とは、神社の祭事の神輿渡御(みこしとぎょ)のときに、本宮を出た神輿を迎えて仮に安置されるところで、
本宮の神様の御神幸(ご旅行)の際に、立ち寄られる別荘のようなもののことです。
御旅所の多くは、祭事の時の一時的なものであり、祭事が終われば、神様も還幸され、御旅所には神様は不在となります
む、少し難しくなってきました。
続けます。
松尾大社では各御旅所(西七条/三宮社/衣手社)から、旭日の杜(西寺跡)/朱雀御旅所を経て、
松尾大社に橋を渡って戻っていきます。
やっとこっから僕が登場できます。当日のお神輿はこんなかんじで、午前中は西大路駅周辺をぐるぐる回ります。
お昼ごろには旭日の杜(西寺跡)という公園に到着します。
僕が担がしてもらったお神輿だけは、その公園の小高い丘の上に登ります。
結構とういうか、初めて担いだので肩も腰も痛いし、太もももプルプルしながら丘を上がりました。
丘の上では皆様で記念撮影。

このときの気分は爽快でした。
降りるのが大変でしたが…笑
その後昼食をいただき、松尾大社に向け出発。
要所要所で神輿を担ぎつつ、お神輿を引いていきます。

交差点の真ん中でお神輿。
こんな経験はめったにないと思いながら担いでました。

ちなみに僕はこんな感じ。
事前にコンタクトを買っとけばよかったって最後まで後悔してました。
このまま松尾大社まで担いで、松尾大社の中でも神輿を担ぎました。
その姿は圧巻。
迫力がすごかったです。
担いでるときはランナーズハイみたいな感覚で、さっきまで足も腰も痛くて痛くて震えてたのに
不思議となんにも感じなくなりました。
もっと担ぎたかったなと思ってるころには、もう終わっていました。
今回お神輿を担げたことは自分にとって本当に貴重な経験となりました。
印象に残ってることは、おじさんたちと楽しく話させてもらったこと。
こういうのが世代を超えた交流なんだろうなと思いました。
若者からお年寄りまで幅広い年代が、神輿というものを共有することにより楽しむことが出来る
これこそが有るべき姿だと思いました。
祭典も祭典のみこしである京炎みこしも、まだまだ発展途上だということを痛感しました。
これから、様々な部分をもっともっと工夫をしていかなければ
頑張ります!
お神輿を担がさせていただいてありがとうございました。
お昼ごろには旭日の杜(西寺跡)という公園に到着します。
僕が担がしてもらったお神輿だけは、その公園の小高い丘の上に登ります。
結構とういうか、初めて担いだので肩も腰も痛いし、太もももプルプルしながら丘を上がりました。
丘の上では皆様で記念撮影。
このときの気分は爽快でした。
降りるのが大変でしたが…笑
その後昼食をいただき、松尾大社に向け出発。
要所要所で神輿を担ぎつつ、お神輿を引いていきます。
交差点の真ん中でお神輿。
こんな経験はめったにないと思いながら担いでました。
ちなみに僕はこんな感じ。
事前にコンタクトを買っとけばよかったって最後まで後悔してました。
このまま松尾大社まで担いで、松尾大社の中でも神輿を担ぎました。
その姿は圧巻。
迫力がすごかったです。
担いでるときはランナーズハイみたいな感覚で、さっきまで足も腰も痛くて痛くて震えてたのに
不思議となんにも感じなくなりました。
もっと担ぎたかったなと思ってるころには、もう終わっていました。
今回お神輿を担げたことは自分にとって本当に貴重な経験となりました。
印象に残ってることは、おじさんたちと楽しく話させてもらったこと。
こういうのが世代を超えた交流なんだろうなと思いました。
若者からお年寄りまで幅広い年代が、神輿というものを共有することにより楽しむことが出来る
これこそが有るべき姿だと思いました。
祭典も祭典のみこしである京炎みこしも、まだまだ発展途上だということを痛感しました。
これから、様々な部分をもっともっと工夫をしていかなければ
頑張ります!
お神輿を担がさせていただいてありがとうございました。
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